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どこかのマーケな中の人

どこかの企業でマーケ的なことしてます思ったこと徒然と

情報の本当の価値を可視化しづらい世界

『ニュースサイトから釣りタイトル記事がなくならない理由

http://ascii.jp/elem/000/001/130/1130725/


WEBは特に
・一瞥されるだけでもお金になりやすい(雑誌とかでは出来ない)
・転用転載(シェア含む)が簡単

であったりで情報の本当の価値は可視化しづらくなっちゃってますよね。
(指摘されている煽りタイトルは電車の週刊誌の中吊りに性質が近い気も)


本来雑誌や本などはそれに満足することで定期購読やリピートにつながりますが、WEBだと記事単位での存在になりやすいので読了率や読了後の行動、読んだ人のアクションのネガポジなど総合的な指標をちゃんと追いたいですね(とはいえシンプル化や指標としてワークすることがより大事ですが)

また情報の本質は人を動かすことだと思うので(感動含め)わかりやすい行動の他にも感情的な部分も可視化してけたらと思います。単純にはリアクションボタン的な話になっちゃいますが・・・

 

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その際、よく語られたのは"ウェブデザイナーはいるのになぜウェブ編集者はいないのだろう?" ということだった。

 実際、紙メディアとは一線を画すネットならではの文章の技法や話法が一般に認知され始めたのは2000年代も後期に入ってからではないだろうか? それまでネット的な言語感覚はアンダーグラウンドな存在としてやや軽視/蔑視されていた掲示板文化などの中で密かに育まれてきたものの、2010年前後を境にバイラルメディア的なニュースメディアの中に一気になだれ込んだ。

 その結果、「ウェブならではの文章の技法や話法」はPVを追求するあらゆるウェブメディアに浸透していく。「ウェブ編集者」などという職種が求人欄に掲載されるようになったのは実はつい最近のことなのである。

 本来は歓迎すべきウェブ編集の確立と成熟は、他方であらゆるニュースサイトにおける言語/文章のスタイルの画一化を生んだ。程度の差こそあれ、いまやほとんどのウェブメディアが閲覧より一瞥に重きを置くクリックベイト的な手法を採用している。そうした語り口がそろそろ飽和状態を迎え、読者の側も食傷気味に陥るだろう。

 PVだけが唯一の指標じゃないという議論は、PVに代わる新しい指標の模索をうながしていると同時に、あまりに均一化してしまったウェブ編集の方法論の再検討、そして新しいステージへの移行をも迫っているように思えてならない。
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